この週末は私の父の百日法要ということで、長男にももれなく参加してもらった。
ちゃんと、お勤めをしてくれました。
お経の合間に、実に上手く喉をならしてみたり、ウヒッなんて言ってみたり、私も可笑しくて笑いをこらえていたけど、見ると旦那の肩もゆれてて、やっぱり笑いをこらえていたみたいで。
じいちゃん、喜んでいたよ。たぶん……いや、絶対に。
だって、長男の合いの手の度に、じいちゃんの笑顔が浮かんだからね。
さて、そんな週末の金曜日には、仕事場で関わる子供達も、特別支援学校の宿泊学習なんてものがあって、いわゆる公共の宿泊施設に一泊する学校恒例行事を終えて、疲れてデイにやって来たんでした。
懐かしいことに、我が家の長男もその昔、その恒例行事に参加したことはあったわけだ。
デイで、疲れたであろう子供達を迎えながら、あのことを思い出していた。
あのこと……。
当時、破壊行動がえげつなかった時代、なかなか学校の先生達も長男に上手く対応出来なかったあの頃。
親としても覚悟を持って、宿泊学習も学校に預けた。
でも、やっぱりというか、当然のように長男はやらかした。
後日、先生から電話をするように言われて、宿泊施設に電話をした。
電話の呼び出しコールを聞きながら、ドキドキして相手が出るのを待つことも、何度もあったことなのに、やっぱり慣れるものではない。
やらかしは、ふたつもあった。
ベットのマットを破って、窓のガラスを割ったと。
多分、親だったら止められた。
けれど、先生も長男とベッタリというわけにもいかなかったろうから、仕方ないだろうし、宿泊施設の職員さんから神妙に話しを聞いた。
マットは何とかなりそうなので仕方ないです、こっちは弁償してもらわなくても結構です(超〜上から目線)
しかし、窓ガラスは弁償してください。このままにしてても困りますからね。
そう言われて、本当に申し訳ありませんと、ひたすら謝るしかなかった。
しょっ中こうして謝るのだけれど、謝ることも何度やっても慣れるものではない。
どうすればよいですか? と聞くと、職員さんは、あるガラス屋さんを指定して、そこは市内の学校や公共施設と契約しているところだから、そこに連絡をするようにと言った。
その割ったガラスはおいくらくらいですか? と聞くと、サラッと2万5千円ってところだと言われた。
毎度毎度気が重いわけだけど、そのガラス屋さんに電話をした。
やっぱりドキドキして、相手が出るのを待つことは慣れるものではない。
本当に……何度もあるのに、それなのに慣れないことだらけだ。
そうして受話器の向こうで電話を取ったのは、なんだか柔らかくて優しい声のおじさんだった。
あの、宿泊施設のガラスを割ってしまいまして……と一通り話すと、そのおじさんはその柔らかい声でこう言ってくれた。
「お母さんも大変やなぁ、学校での出来事やったのになぁ。大丈夫、ちゃんとやっとくから、心配せんでいいよ」
話ししながら、この人はいち社員さんではないな、ガラス屋の棟梁さんだな……と思った。
施設の職員さんとの余りの対応の差に、ちょっと気が抜けて泣きそうになった。
お金をお支払いしますから、いくら位用意しておけばいいですか? 2万5千円位と聞きましたが……と言うと、棟梁は2万5千円? と言って、はははと笑った。
「あの施設のガラスやろ? えらい上等なんやなぁ。いいよ、9千8百円のを入れとくから。それで十分やからね」
それを聞いて、更に気が抜けた。
いいんですか? だいじょうぶですか?? と、不覚にもプロに聞いてしまった。
棟梁は、またはははと笑って、大丈夫だと言った。
棟梁曰く、支払いは学校に預けておけば、しょっ中学校回りしてるから大丈夫だと言ってくれた。
しかし、実はそのガラス屋さんと学校はかなり遠い。
つまり、ウチもそのガラス屋さんからは遠いことに気を遣ってくれたんだと思った。
でも、数日後に予約を入れている長男の掛かり付けのクリニックに、母親カウンセリングに行くことになっていて、そこからなら車で10分程と近かったので、その日にお金は持っていけますと伝えた。
棟梁はまた柔らかい声で、無理しなくていい、来れたらでいいよと言った。
またその日は不在しているので、ウチの嫁に渡しといて……との返事だった。
施設の職員さんには何度も「すみません」と繰り返したが、棟梁には何度も「有難うございます」と繰り返した。
同じ息子のやらかしに対しての台詞なんだけれど、こんなにも気持ちが違うものなんだな。
人の声と言葉は、こんなにも相手の心を、暗くも明るくもするものなんだね。
ナビを頼りにガラス屋さんに行くと、そこは普通の家に広いガレージがあり、そこが作業場であり、倉庫になっていた。
ガレージの横のインターホンを押すと、優しそうな棟梁の奥さんが出てきて、やっぱり柔らかい声で
「ちゃんとお話は聞いていますよ、わざわざここまで大変だったでしょう」
と笑顔で迎えて下さった。
領収書には、ちゃんと9,800円と書かれていた。
それを見て、心がまた暖かくなった。
2万5千円が9千8百円になったからではなくて、あの棟梁とのやり取りを思い出したから。
奥さんにあの時のやり取りと、本当に嬉しかったことを伝えると、奥さんは
「お手伝いできて良かった。お母さんも頑張ってね」
と言ってくれて、ガラス店の名前入りのタオルを、使ってねと差し出してくれた。
長男がガラスを割らなければ会えなかった奥さん、会いたかったけど会えなかった棟梁。
その後、幸か不幸か奥さんとは2度と、棟梁とはついに会えてはいない。
長男のやらかしは時々、私の打ち拉がれたはずの気持ちにこうして、暖かいものを流し入れるようなことを起こしたりする。
ちょっと卑怯だよね(笑)
お陰で泣いたり笑ったり、君と一緒の人生は忙しいよ。