今月も終りに差し掛かって、長男の来月の福祉サービス利用についてコーディネーターからメールが入った。
来月の短期入所は、残念ながら利用できません……と。
前回、長男のお泊まり支援の「短期入所」について書かせてもらったが、月1回の利用がたまに利用出来なかったことは今までもあった。
でも、またその翌月は利用することが出来ていた。
しかし、今回コーディネーターのメールの内容で、私は少し、危機感を覚えた。
それは「スタッフの欠員が相次いでいる」という一文だ。
いや、少しなんてもんじゃない。
はっきりとはまだ聞いてはいないし、来月以降にはその言葉の意味が分ってくると思われるが、でも、想像は何となくついてしまう。
だからこそ、返信の中に
「誰か辞められたのですか?」
とは、怖くてどうしても書くことが出来なかった。
だって、今までもそうだった。
長男が今通っている通所の施設は、何年もかけて本契約にたどり着いた。
長男を、絶対ここに通わせたかった。
そして、長男は、今毎日そこに通っている。
長男の性格も、特性も、障害の重さも全て受け入れて、たくさんの工夫を凝らしながら、長男のリア充を目指してくれている。
長男の笑顔が好きだと言ってくれるスタッフに囲まれて、長男は笑顔で通っている。
実は、この施設には、長男が小学部低学年から縁があった。
なにせ、散々やらかす長男だから「何かあった時のために支援センターに名前を登録したら?」と学校に勧められた。
当時、この自治体に障害者の支援センターがあるとは余り知られておらず、それが多分、唯一この施設の中にあった。
登録に行ったその日、私が相談員と話しをしている間、施設のスタッフ達が長男の相手をしていてくれた。
長男はやらかす! という話しを私が相談員にしている間に、長男は実際にスタッフに、そのやらかしを体現して見せていたのだ。
なぜそこにあったんだろう?……ドライヤーを、ものの見事に壊したらしい。
私達が帰った後、支援員の聞き取り内容を聞いたその場にいたスタッフ達は、すっかり納得してしまったのだとか。
そして、そのスタッフ達が、数年後に長男の外出の支援で、さらに数年後は今の施設で関わってくれることになる。
思えば運命的だな……。
ただ、本当に正式に通所出来るまでの間は大変だった。
けれど、その時のコーディネーターが凄かった。
本来なら定員いっぱいで通えない施設に、通うことを実現させてくれた。
最初は週に1日から、それを数年掛けて日数を増やし、最終的に毎日通えるようにしてくれた。
そしてまた、その施設のリーダーも凄かった。
その人は、その時既に長男の外出の支援をするヘルパーで関わってくれていた。
支援の仕方が上手く、施設でもカリスマ的な人物だ。
後から施設のスタッフに聞いたのだけれど、その人が常にスタッフに言ってくれていたそうだ。
「ひろき君はここに来てもらう。みんな彼に付こう。彼が何でも教えてくれる!」
それを聞いたスタッフは、今もその時のことをよく覚えていると言っていた。
そして、本当にみんな長男と関わってくれたようだ。
だから長男とスタッフの信頼関係が、長男の笑顔を引き出しているのだろう。
スタッフ達の凄さは、どんなに障害が重くても、心を寄せて、どんなことにも付き合ってくれることだ。
けれど、それは仕事として成り立っているのだろうか。
まるでボランティアではないだろうか。
この施設でさえ、素晴らしい福祉の人材に育っても、福祉で食べていけないなら、それを仕事としては続けていくことが出来ない。
これはボランティアではない。立派な仕事に他ならない。
息子が目の前でドライヤーを壊した時のスタッフ達も、長男を本契約まで導いてくれたコーディネーターも、そして長男に心寄せてくれたたくさんのスタッフ達も。
気付いたら、何人もいなくなっていた。
一番聞こえて来たのは、生活のため。
そうだろうな……だれも引き止めることは出来ない。
それでも、今も施設は頑張ってくれている。
心を寄せて、どんなことにも付き合ってくれている。
新しいスタッフを、育てようとしてくれている。
でも、育っても、いなくなってしまうのではないか……という危機感。
そもそも、リクルートすら上手くいかない現実。
どうして、福祉の世界では、人を支えながら自分もずっと立っていることが難しいんだろう。
親達の中でも、子供達の工賃など望めない中にあっても「何より先に、スタッフ達が身を立てられるようにして欲しい」という声は多いのに。
そうでなければ、子供達の居場所がなくなってしまう。
福祉の世界で頑張る人達が、保障された中で生活できるように、この国や地域は、そして親達は何をしていけばよいのだろう……。
せっかく育った人材が辞めていく。
福祉の世界は、いつか支える人がいなくなって壊れてしまうかも知れない……。
すごいすごい……危機感……。
短期入所の欠員について、あぁ、やっぱり……となるのは切ない。
だから「誰か辞められたのですか?」とは聞く勇気がない。
神様……どうかどうか、それが勘違いでありますように……。