今は親訓練という言葉はよく聞かれるようになったけれど、20年以上も前の長男の未就学時には、そんなに聞かれる言葉ではなかった。
言葉のままの意味で、親が訓練を受けるということなのだけれど、発達障害に見られる生活の困難や問題行動について、様々なことを専門家や先輩の親達から学び、子供を育てる上での精神的な体力を付けることが目的になる。
今は様々な所で実施されていて、親自身が子供と向き合う自信をつけるための研究や療育を行う体制も整って来た。
ある時、1枚のプリントを何処かで手に入れた。何処でだったか全く覚えていないけど(笑)
それが親訓練の案内だった。
もう今から20年以上も前のこと。実は、今の親訓練とはちょっと違う角度からの突っ込みだった。
けれど、これが今なお役に立っている訓練だった。
さて、その訓練とはどんなものか。今とは何処が違っていたのか。
今は、専門家や先輩親達が問題行動の対応などについて、基礎的なことから実践までを教えてくれる。
例えば、トイレが自立していない場合、まずトイレットトレーニングをどう行っていくか、また、先輩達の成功例や失敗談を聞けるなど盛りだくさんのようだ。
けれど、私が教わったのはたった一つだけ。
それをサポートしてくれた機関は、実は全国でも有名な国立の精神医療センターだ。
訓練の対応は専門家のみ。
私が学んでいる間、長男は別部屋で別の専門家と遊んでいた。
多分、長男は長男で分析されていただろうということは容易に想像できる。
ところで親達は、そこで問題行動に対しての対策を教わったわけではない。
出来るようになって欲しいことに、プログラムを使って子供を訓練することを指導されるわけでもない。
親が家庭での療育の先生になることを教わるわけでもない。
そのたった一つのことは……
「記録をつける」
それを毎週1回、3ヶ月間通って習得した。
どんな記録を付けたのかというと、私の場合は「道具を使って食べる」という内容。
当時、長男は箸はおろかスプーンで食べることも出来なかった。
もちろんこの記録を取ろうと決めたのは私。
どんな取り方をするのかは、いくつもの記入の仕方やグラフの作り方のマニュアルプリントを見ながら、それにオリジナリティも加えて親自身が工夫をすることが求められた。
家での記録はなるべく負担の少ない朝ご飯に、スプーンを使えた回数をカウントする。
記録を付けて週ごとにグラフに書き起こす。
時々、センター内でも食事の様子をビデオに撮る。
言ってしまえばそれだけなのだけれど、これがなかなか深かった。
記録を付けていくと数字が目に見える。増えてくれば嬉しいが、減ったり伸びて来ないと、なぜそうなのか考えざるを得ない。
けれど考えるだけでは解決しないので、長男の行動を観察する。
それで、どんな時に減ったのか、どうしたら増えたのか、それらも記録に付け始める。
とにかく観察する。とにかく向き合う。その結果をカウントする。
もの凄く向き合った。もの凄く考えた。そして、もの凄く長男と色んなことを分かち合った。
問題行動だけでなく、それまでは目にフィルターがかかっていたのかと思わせるほど、良い行動もたくさん見え始めた。
行動だけではなくて、表情も、声も、手足の動きも、言葉を持たない長男と向き合って、そのメッセージを読み解こうとした。
そうしているうちに5本の指で食べていた長男は、3ヶ月後、完璧ではないけれど、道具を使って食べることを覚えた。
センターでのビデオ撮りでは、その中に映っていた私の対応も表情も、回を重ねるごとに変わっていったはずだ。
それは、長男と向き合った結果としての変化だったと思う。
やり方の良し悪しは、全部長男が教えてくれた。
専門家達は最後の最後まで、記録を取るための親の行動や分析の仕方に口を出さなかった。
こんな時はどんな対応をしてとか、本当に一言もなかった。
むしろ、お母さん達は凄い! としか言わなかった。
母達は、子供は褒められれば嬉しいということを、実際に身を以て教えられていたんだと思う。
そして気付けば「記録を取る」ということが、子供と向き合い、体験から得られた母なりの工夫、しっくりくる瞬間の体験、何より親子共々の笑顔の獲得に繫がった。
問題行動の理由を記録から読み取り、どうすれば良いか考える力、出来るようになって欲しいことに手順を考え出す力の大事さを教えて貰った。
それは、ああしろ、こうしろの人の言葉に頼らない、親としての自立の訓練だったと思う。
そして、今も記録は付け続けている。
今は睡眠時間、様々な要求、問題行動が出た時の記録で、今お世話になっているクリニックのカウンセラーが分析を加えてくれる。
その上で、台風が来ると調子が崩れやすいこともわかり、ある程度こちらも覚悟が出来るようになった。
他にも言葉のチョイスや苦手なことも分析できるので、対策は取りやすい。
カウンセラーは、通所している福祉施設とも繫がってもらっているので、施設に訪問してもらったり、分析内容を共有してもらっていて、長男にとっても大きなメリットになっていると思う。
結局、親訓練とは「子供と向き合う方法」だったと思う。
あのたった3ヶ月間は、その後から現在に至る20年を超える生活を支えることになる、本当に貴重な経験だったと思う。
あの時プリントを見つけて、参加を即決した自分にGood job!を送りたいくらいだ(笑)