宇宙人と暮らせば

面白親父、自閉症男子、理系男子と私の、周りとちょっと違う日々を綴ります。

絵を描けなくなった1年間

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この兄弟達は、今も絵を描くことが好きなようだ。

兄は4分の一世紀を生き、弟は5分の一世紀を過ぎても、絵を描くことのとの楽しさは持ち続けていてくれることが、母としてはちょっと嬉しかったりする。

 

2人とも小さい頃からよく絵を描いた。

弟は発達心理学のテンプレートの上を、上手に歩いていった気がする。

絵を描くのも、発達段階に合わせたようにどんどん描けるようになった。

しかし、驚いたのは長男だ。

紙に色を塗りつぶして楽しんでいる姿ばかり見ていたので、目に見えるものを描けるなどとは思っていなかった。

けれど、小学部6年生になって、学校で小学部1年のとき以来のPEP-Rという発達診断テストをした時のこと。

わたしは姿を隠してこっそり、その様子を見ていた。

 

先生はまっさらな紙を1枚差し出して

「お父さんを描いて」

と言った。

 

まさか描けないでしょう、言っちゃ何だけど、色を紙一面にしか塗れない人ですぜ……。

でも、このわたしの思い込みが見事にくつがえされる瞬間を目の当たりにした。

 

長男は黙って紙を受け取ると、えんぴつを何の迷いもなく動かして、顔から描き始めた。

目も鼻も口も、眉毛も、そして耳も……その次は首が描かれた。

その瞬間に、もうその絵が頭足人(幼児期に描く絵の特長で、顔から足が生えたもの。まだ身体の特徴がしっかり入っていない時代に描かれる絵)ではないと悟った。

首の下はちゃんと胴体も、手も足もあった。

最後に髪の毛が描かれ、思わずわたしはそこから飛び出したくなった。

検査をしていた先生は、隠れているわたしに目をやり、かすかに口の両方の端を上げた。

 

うかつだった。

信じてなかった。

申し訳なかった……。

 

母失格だよぉーーー!

 

そう思いながら、でも嬉しくて、何だかそのシーンが今もとんでもなく記憶に焼き付いている。

字が書けたとか、喋れたとか、計算できたとか、全くそんなレベルではないことなんだけど、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

 

長男は今も色んな人達に支えられて、思いもしなかった可能性を見せつけてくれる。

それを助けてくれる人達が周りにいることは、本当に本当に有り難いことだ。

 

けれど、長男のその実力を誰も知らない頃、長男が全く絵を描けなくなった1年程の期間があった。

 

 

小学部3年生の夏休みだった。

当時の夏休みは今のように放課後等デイサービスなどなかった時代なので、丸一日、しかも40日以上を母親と過ごすことになる。

そんな中に、社会福祉事業団が運営する「フレンドホーム」で、シュタイナーの絵画教室の募集があり、長い時間をぐだぐだ過ごすよりも……と行ってみることにした。

 

そこでは指導員さんも絵の先生も優しく、長男の好きなように描かせてくれて、粘土も好きに作らせてくれた。

長男はとても喜び、どんどん作品を作っては「うん」とうなずいて先生の所に完成品を持って行った。

小学部に入学して間もなく、担任の先生に「終りを知らないので、本人は辛いと思います。最初に終りを教えるところからします」と言われたのに、自分で完成を確認して「うん」とうなずいて、ニコニコと持って行く姿を見ながら、本当に彼の成長を感じた。

 

4年生になった夏休み、また同じ教室の募集があった。

また長男のあの姿を見たくて、早速申し込みをした。

行ってみると、優しい先生と優しい指導員さん、そして、絵の先生をしてらっしゃるという男性がボランティアで来ていらっしゃった。

その方は、ご自分の息子さんが障害を持っていらして、不幸にも二十歳で亡くなられたそうだった。

だから、同じように障害を持った子ども達と絵で関わりたいと、ボランティアに来て下さっていた。

辛い過去があるのに、同じような子どもに向き合うなんて、立派な方だなと思った。

 

その男性は、長男が紙一面に筆を大きく動かして、絵の具をどんどん重ねて色をぬる姿をじっと見ていらした。

しばらくして、その男性はわたしの目の前に立ち、こう言った。

 

「こんな色を塗りつぶすだけ、しかも奇麗でもない色ばかり」

 

わたしは「えっ?」

と思った。長男は確かに色を塗りつぶしてばかりだけど、どんな色を重ねても、不思議なことに深い藍色になっていた。

それを長男は嬉しそうにぬって、うなずいて先生に持って行くのに、なぜ?

 

続けて男性はわたしに

「こんな色しかぬれないのは、あなたの育て方が間違えているからです。あなたはこの子に、言葉掛けもしないような親でしょう?」

 

は? 我が家の暮らしを目の前で見たとでも?

 

あぜんとしていると、男性は長男の目の前に座ると、ピンクと水色と黄色の何ともパステルな、確かに絶対に長男が手に取らない色の絵の具を3つだけ並べ、長男のチョイスした絵の具を排除した。

そして長男に紙を渡すと、ハイ、描いて!と三色で少しぬった所で紙を変えられ、新しい紙にまた、ハイ、描いて!と同じことを要求した。

そして「明るい色とは、こんな色なんだよ!」と言った。

長男はそれに数回は付き合ったけれど、遂には泣き出して画板を男性に投げつけた。

 

すみません!とわたしが謝ると、男性は

「ほら、あなたの子どもへの対応がこんな性格にしてしまうんですよ!しっかりしなさい!!」

そう長男を指さして、他の親子がいたからか小さな声ではあったけれど、強い口調で言った。

その瞬間、長男が怯えていると察して、わたしは長男の手を引いて外に出た。

 

もう、その場にはいられなかった。誰も擁護してもくれず、長男はわたしが守るしかないとも思った。

 

次は教室最後の日だったけど、もう来れないと指導員さんには伝えた。

来週は男性は来ないから、良かったら息子さんを連れて来て下さいと言われ、迷ったけれど、長男がトラウマを抱えることが嫌で、良い終わり方をさせたいと思い、連れて行くことにした。

 

結局男性はやっぱり来ていて、顔を合わせてしまったので、せめて最後は事情を乗り越えて来て下さったんだし……と「お疲れ様でした」と一言だけ挨拶した。

すると横目で見られて「お母さん、言葉掛けですよ!」と返された。

 

正直悔しかった。自分がなじられるよりも、長男を否定された気がして。

良い終わり方なんかできなかった。

その直後からだった。

 

長男は、全く絵を描かなくなった。

 

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けれど、どうすることもできないまま1年が過ぎた頃、また長男は無言で絵を描きだした。

その時、わたしの目からは涙があふれた。

やっぱり色を塗りつぶすだけ。だけど、それでいい。

それでいいんだよ!

 

私は

確かに良い母親なんかじゃない。言葉掛けなんて、ある人に言わせれば「整理して言わなきゃ混乱するでしょう!」と言われた程。

兄弟で歌も歌い、絵も音楽も好きでいてくれる。

どんな絵でも、どんな歌でも、それでいい!

 

そうしてあの日、「お父さん」の絵を描いた。

 

それから、長男の絵は好きなものをひたすら描きまくるものに変わった。

ドラーヤー、階段、ビル、家、室外機、扇風機、観覧車、ブランコ、うんてい、車、店舗のロゴ……どんどん増えだした。

それでいい、それがいい、母はぜんぶ好きだよ!

 

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ちなみに次男が小学校低学年の時に描いた絵。

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お肉が「はじめ人間ギャートルズ」だよ(笑)

 

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なんだ、この催促のしかたは……。

旦那が苦笑いしながら財布の中身を確認していた(笑)

 

絵は、今も2人ともよく描いている。

それでいい。

母は君達の絵がぜんぶ好きだから。

住みやすいこの町で、長男の昔に出会った

空も、空気も、木々も、匂いまでもすっかり秋ですね。

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今日の仕事中の話し。

昔の長男に出会いました。

実際は全くの別人ですけどね。

 

私は放課後等デイで働いています。

利用者である児童一人を車で学校にお迎えに行って、ちょうど施設に到着した時のことでした。

 

大きなカワイイ犬を連れた年配の男性と、多分近くに住んでいるであろう若いお母さん、そして子供達数人が、施設の駐車場に立っていました。

私の車が入ってくると、何やら指を差して明らかに私に何か言いたげな風。

 

私は施設に何か用があるのかと、迎えに行った子と一緒に車を降りて「どうされたんですか?」と聞きました。

 

すると、若いお母さんが一人の小学校低〜中学年くらいの男の子の肩に手を置いて

「この子、ここに通ってきてる子ですか?」

と。

 

違いますよ、と答えながら、ああ、なるほど……うちの長男と同じたたずまいであることに、すぐ理解出来ました。

 

「どこから来たか、わからないんですね。」

と聞くと、若いお母さんは

「そうなんです。ここの近くで一人ウロウロしてて、車にひかれそうになったり危なくて……。ここに通ってる子かも知れないと思って連れて来てみました」

 

男性も「靴も履かずに靴下だけで、大丈夫かなって心配で……」

あぁ、優しいなぁ。

でも、どう見ても自閉ちゃんのこの子、靴を履くのは嫌だったかもね。

 

男性と若いお母さんと私、そして子供達と私と一緒に車で来た子、さらにおとなしくて大きなカワイイ犬も交えて、その男の子を囲みました。

 

私は男の子に「お家わかる?」と聞くと「わかるよ!」との返事。

一応言葉は話せることがわかりました。

ただ、家の場所の説明は出来ないし、言葉は行き違いが多いので、コミュニケーションの道具にはまだなり得ていない感じでした。

 

ここんところは全く話せない長男とは違います。

でも、これからやるべきことは長男と一緒!

 

「警察に連絡しましょう。この子の親御さんも探されていると思うから」

私がそう言うと、若いお母さんが

「私が電話します。最初に見つけたので!」

若いお母さん、即行動してくれました。

 

案の定、警察に男の子のことは届けられていました。

「警察の人、すぐ来るそうです!」

 

すると、男の子は

「また警察〜? また警察〜?」

と繰り返して、よく警察に保護されていることが伺えました。

 

この後はもう安心だなと思い、施設の駐車場内での出来事だったので、私は送迎の仕事を完了させるため施設から別の職員を呼んで、その場を離れました。

 

そのやり取りの間にも、多分この男の子の親御さんは心配しているであろうに、私はずっと長男のことを思い出していて、懐かしい気持ちにさえなっていました。

 

何度も何度も脱走を繰り返して、何度も何度も警察に保護された長男。

長男ももし喋れたら、また警察〜? と言ったかも知れない。

長男は必ず裸足だったけど、この子は靴下を履いているから、まだ靴を履いていることに近いぞ! なんて思ったりもして。

 

長男もちょうどこの男の子と同じ位の時、一番脱走を繰り返していました。

割と最近まで脱走事件はあったけれど、昔程の頻度でもなく、外に行きたい時はきちんと訴えてくれることの方が多くなりました。

 

私は男の子のご両親に言いたい。

 

少しずつだけど、成長するよ。

少しずつだけど、ちゃんと周りのことも考えてくれるようになるよ。

 

何だか長男の昔に出会ったようでした。

それだけではなく、この男の子の将来だって分かるような気さえしました。

 

後から聞いたけれど、警察には男の子のご両親揃って、お迎えに来られたそうです。

うちもそうだった。旦那と私、揃って迎えに行ったものでした。

 

このご両親の今の気持ちも分かります。

そして、これから男の子が成長した時のご両親の気持ちも、きっと今とは違うものになっているはず。

 

親も最初は必死だけれど、視野が広がってくると少しずつ余裕も生まれる。

親だって成長する。だって、子どもが教えてくれる。

それが分かる。それが見える。

 

そう思いながら、心の中で男の子とご両親にエールを送りました。

 

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ところで、一人の職員がその若いお母さんと年配の男性のことを、私にこう話してくれました。

 

「手を差し伸べるべき子どもだと、すぐ判断出来たのはすごい!」

 

そう。表情を見ただけでは、困った顔ではないことが多いので、本当は困っているんだと気付いてあげることは難しかったりします。

 

「一緒に家を探したり、ここに通っている子どもかどうか確認するために連れて来たり、すごいですよね!」

 

変な子がいる、自分達の子供達は近寄らせないようにしなきゃ、なんて思う人も多いですからね。

 

「それはここの地域性ですね。」

 

そう、そうなんです!

 

「このエピソードは、何だか暖かくてほっこりしました」

 

私は、昔の長男を思い出して、不謹慎にも「ふふふ、君もか」なんて思ってしまいました。

 

この地域に、特別支援学校と普通小学校、中学校が並んで建っている。

その関係から、3つの学校間、そして子供達と地域住人の交流が育んで来たものは大きい。

だから、我が家もここに引っ越して来たました。

 

正直、長男のためと言うより、障害の理解が進んでいることで「次男がいじめに遭わないように」という思いの方が強かったのですが。

そして、その通りに思いは叶いました。

 

今は出来なくなったこともあるけれど、住民と学校の努力があった歴史を、絶対に忘れてはいけないと思っています。

 

 

hisakokk.hatenablog.com

 

ところで、もし「支援のいる子ども」とわかるような子が迷子になっていたら、一旦車などの危険なものから離し、保護した状態ですぐに警察に連絡して下さい。

 

また、飛び出しですぐ居なくなってしまうお子さんがお家にいる場合、すぐ見つけてもらうためには下着などに名字(出来ればフルネーム)を書いて下さい。

警察は下着などを見て、名前の確認をするそうです。

一度警察に保護されたら、どうやら警察間でデータベースを共有されるようなので、昔よりも発見もされやすくなっているようですよ。

 

 

念願のレンジ購入

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東京に滞在していた間、次男のマンションを拠点にずっと動いていたけれど、本当にまさか行けるとは思っていなかったので、甥っ子の葬儀の間とはいえ、このことだけは、私にとっては大きな出来事だったと言えます。

 

たかが自分の子供の住まいを訪問するだけ。

色んな母達から「行ったことないの!?」

と驚愕さえされていたけれど、障害を持った家族がいると、むしろ行くことの方が難しい。

 

『緊急時は短期入所などのサービスを使える』

という行政の施策は、実際はマンパワーの不足と日程調整の難しさから、あってないものと同じ。

 

「甥の葬儀に行きたいので、数日間預かってほしい」

と言ったところで、そもそも一泊しか出来ない決まりだし、うちは恵まれている方でほぼ毎月短期入所を入れてもらえるけれど、それも前月の締め切り日(ほぼ月の半ば)までに予約をしなければ利用することは出来ないわけで。

 

母が認知症を発症して分ったことだけど、老人福祉のショートステイも同じらしい。

ただ、宿泊日数に関しては一泊のみということはなく、認知症の判定区分で決められた限度日数まで連泊が可能とのこと。

 

ということで、この私不在の4泊5日、旦那が覚悟を決めて長男を見てくれることになりました。

 

私にとって一人で飛行機に乗るのは22年振り、その緊張と長男を残す不安、目的が観光とか前向きな感情にあるものではなく、甥っ子の葬儀であることなど、出発前は何となくナーバスな感情がかなり心の深部を占めていた気がする。

 

何とか次男のマンションまで自力でたどり着くと、早速着替えて次男の授業が終わるのを待ち、次男到着で準備万端になったところで、更に40分近く地下鉄、電車を乗り継いで斎場に向かいました。

 

父の葬儀から8ヶ月。

田舎の葬儀は初盆まではとんでもなく面倒くさい。

しきたりしきたりで、母の認知機能では仕事が捌けないので、姉がご近所さんにことごとく聞きまくって執り行ったにも関わらず、あれがダメ、コレがダメ! とダメ出しの嵐。

しかも、供養や食事はご本尊さんを尻目に置いてご近所さんがメイン。

姉が謝りまくっていて、なんじゃこりゃ〜! と思ったんでした。

 

でも、都会の葬儀は、その真逆を行くもので、葬儀そのものも、火葬場でも、驚く程システマティックでした。

 

お通夜は、次々にお焼香が済んだらそのまま会場を後にする。

けれど、甥っ子は友達に本当に愛されていたんだな。

 

50人を越す程の友達が座を離れても、ロビーでずっと待っていてくれて、一通りの儀式が済んだら再度中に入ってくれて、甥っ子と別れを惜しんでくれました。

翌日も本当にたくさんの友達……。

 

有り難かった。

 

東京で葬儀に参列したことのある姉も兄も、こんな葬儀は見たことなかったと言っていました。

 

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さて、それからは次男の部屋をきれいにするという宿命を自ら負ってしまったので、次男が学校に行って不在の間、身を粉にして掃除しまくりましたよ。

次男が帰ってきて、ユニットバスを見た瞬間に言った一言。

「白い……」

 

そりゃそうだよ。

トイレもお風呂もうっすら茶色。

それに越して来たばかりの時、旦那が買ってきたのであろう茶色のお風呂マットが、茶色の草原のように毛羽立っていて、私は絶句したわけで。

 

狭いキッチンの導線を考えて、使いやすいように収納も工夫したし。

片道歩いて15分も掛けてダイソーまで行って収納グッズも買いまくったし、徒歩片道15分圏内なら色んな店に何度も通った。

コインランドリーも40分間その場所の主になってやった。

 

さて、次男がずっと欲しいと言っていたものを買ってあげると約束をしていたので、学校終りに池袋で待ち合わせをしました。

 

次男が欲しいもの、それは「電子レンジ」

 

入学準備で旦那が用意したものの中に、レンジはなかった。

「ボクが東京で学生してた頃を考えてみても、そんなん要らんと思う!」

というのが旦那の持論。

そりゃ昔はレンジなんてなかったし、冷凍食品とかもなかったし。

 

時代が違うでしょ! と言っても、いや、何とかなるもんだ。そんなもんは要らんっ!

と言い切っていました。

 

でも、本当は買ってあげようと思っていたんだよね。

何となく分るんだけど。

いつもそう。

「要らん、要らん、要らん」と連呼しながら、ある日買って渡すという、筋金入りのめんどくささ。

ところが、買おうと思ってお金を用意した矢先に、それが別のモノに化けてしまっていたみたい。

実は、それが次男のものだった場合が多い。

そう次男にも言えばいいのに、あぁ、めんどくさい!

 

というわけで、次男と池袋のビックカメラへ。

無事、購入を果たしました。

次男、東京在住3年目にして念願のレンジ購入!

 

「これで時短できる、これで時短できるよぉぉ!」

と、まるで主婦のような台詞を次男の口から聞きながら、何だか今回の2つ目の大仕事を終えたような気分になった私でした。

 

よかった、よかった。

 

さて、その後は1時間以上も待って回る寿司を食べました。

二人だからと、カウンター席2つを予約したのが失敗だった。

よくよく考えてみると、カウンターで並んだ2つの席が同時に空く確率は、テーブル席がひとつ空くよりもずっと低いわけですね。

勉強になりました。

 

まぁ念願を果たしたわけだし、時間はあるし、待っている間丸椅子で話し込むのもなかなかな良い時間だったかな。

 

おりしも、この日は雑司ヶ谷鬼子母神堂御会式の日でした。

池袋に着いた瞬間から、大きな太鼓の音で何の賑わいだろうと思いましたが、思わぬ大祭も見ることが出来ました。

 

雑司ヶ谷鬼子母神堂御会式

http://www.visiting-japan.com/ja/articles/events/j13to-zoshigaya-kishimojin-oeshiki.htm

 

 

こうして東京滞在はあっという間に過ぎて行きましたが、私が羽田に向かう時も、次男は姉と合流する所まで付いてきてくれて、そこで別れました。

 

さて、私の不在の間、長男は旦那いわく「おりこうさん」で過ごせたらしいです。

旦那が数日間不在の時は、抗議からか必ず何かをやらかす長男。

私と2人で車に乗るとシートを破壊するスイッチが入るので、結局旦那の帰りまで家に缶詰なんだけど、旦那とはそんなこともないので、普通に施設にも通所出来て、家事を旦那がする以外は、あまり生活スタイルが変わらなかったことが良かったんだと思う。

 

そして、次男から喜びのLINEが……。

 

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それを見ての旦那の返信。

 

「この2年半があったからこその喜び!」

 

あぁ、めんどくさい…………。

 

 

それでも生きる。その先があるのなら。

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何だか自分でも浮世離れしたような、そんな数日間を過ごしました。

 

私は明日、東京に行きます。

 

次男が上京してから、一度も行ったことのなかった次男の住まいを訪ねます。

そもそも、長男が生まれてから私が家を5日間も空けるんて、今まで一度もありませんでした。

 

まさかこんな事で上京するとは夢にも思わなかった……。

 

 

明日から二日間、甥っ子の葬儀に参列してきます。

 

甥っ子は発病して2年間、良いのか悪いのか私の父、つまり甥っ子にとっての祖父に似てしまったために、一度も弱音を吐かず、大学に復学することを目標に頑張りました。

 

私は甥っ子の病気の発症で、恥ずかしながら骨肉腫が小児がんだということを初めて知りました。

 

最近では東京オリンピックに向けて、テレビでも骨肉腫を克服した若者が活躍している様を、CMで目にすることがありました。

 

そうなると信じていました。

一進一退を重ねながらも、あのCMの若者のような姿で立ち上がった姿を、ずっと思い描いていました。

でもそれは、なにより本人が一番願ったことです。

 

復学して学校に戻り、また勉強して友人達と過ごす……。

学生なら普通のこと。当たり前の日々。

 

けれど、それが病によって夢になり、夢を叶えようと頑張って、結局夢を叶えることができなかった。

 

理不尽な病と闘って、命のその先が消えてしまった人達のことを想うと、もし、理不尽な目に合って、自ら命を絶とうと思っている人がいたら、自分の命は、まだその先があることに気付いてほしい。

 

その先に、また生きる希望は必ずある。

命の先があるのだから、自分でその先を切ってしまってはダメだ。

 

だから、命の先がある人達は、みんなみんな生きて下さい。

その先は、命がある限り夢を叶えることができるのだから。

 

なんか、支離滅裂だ……。

今回はごめんなさい。

また数日後、元気で戻ってきます。

 

今回は長男のことを、旦那が見てくれると言ってくれました。

旦那にも感謝です。

 

 

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突如現れた床の上の緑の顔と机の上の虹

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次男3才くらいの時、一緒に買い物に行くと、歩いて10分かからないス−パーまで、行きは20分、帰りは40分と1回の買い物にかかる時間は、買い物の時間まで含めて1時間以上なんてザラでした。

当時はまだ長男も学校に通っていたので、長男が不在の間に済ませるのがお決まりでした。

 

行きは買い物という目的があるので、ゆっくりなペースで歌なんか歌いながら、まぁ何とか20分くらいでスーパーに到着するのですが、帰りは次男にとって買い物という目的を達成しているからか、それはそれは家が遠い遠い……。

 

ちょっと歩けば花を愛で、虫に話しかけ、鳥に挨拶をする。

その度に足を止め、その場その場で作られていく次男のミッションを、次男は丁寧に果たしていく。

 

おかげで、買い物は日常のなかでもイベント並の時間と、母の体力と精神力が必要なわけです。

 

そういえば、音楽を鳴らしながらやってくる移動パン屋さんが来ると、次男と車を追いかけて買いに行っていました。

パンを買えば、その次には「パンを食べる」というミッションのみが残されて、また猛スピードで家に戻ったものです。

 

 

ある日、そんな長い旅の買い物から帰宅して、キッチンにつながるドアを開けて足を1歩踏み入れようとした瞬間……。

 

見えてしまいました。

 

何故か、床の上に大量の

 

「えぇーーーっっっ!?」

 

床の上には、明らかに次男が描いたであろう人の顔がぎっしり!

しかも、なんでの油性マジックなん?

いつ描いたん? 全く気付かなかったぞっ!

 

驚いた私は、床に踏み入れようとした足をササッと引っ込めました。

いや、さすがに絵とはいえ、顔は踏めないでしょう。

既にこれがただの模様だと、脳内変換が不可能な状態に。

正に踏み絵の状態!

 

 

昔のことなので、写メが取れなかったことが残念。

 

私が足を引っ込めて、更に部屋に侵入してきた次男に「踏んじゃだめ!」と言うと、次男は一瞬固まってしまいました。

 

描いたことがバレた……というよりは、描いている最中は楽しかったはずなので、もしかしてヤバいことした? と、ヤバい理由はともかく、母の表情と行動で感じ取ったんでしょう。

 

「ココに描いちゃだめだよ〜、紙に描こうよぉ!」

と言うと、なんでぇ〜? という表情。

大人の事情としては“賃貸だから”なんだけど、3才児に言ったところでなぁ……ということで、思わず言ってしまったのが

 

「顔じゃん、踏まれたら痛いでしょう、かわいそうだよ!」

 

決していい説明じゃないな、とは分ってはいながらも、これしか思いつかなかった私。

すると次男……

 

「だって、絵だよ〜。」

 

花や虫や鳥に話しかける人が、そこは現実的なんか〜い!!

ちょっと拍子抜け。

 

「さとちゃんのお顔の絵を、友達みんなが踏んじゃったらどう思う?」

「悲しい……」

 

でしょ、でしょ、とへりくつ言って何とか絵を消すことに次男にも承知させました。

 

結局、消す作業は次男も眠った時間に大人の作業になったけれど、消す時は何だか複雑な気分だったな。

消すのも何だか寂しい、せっかく描いたのにとか、でも、落書きとお絵描きの違いは、次は上手く教えなきゃとか……。

色んな感情と反省のもと、消し去り作業をしたのでした。

 

けれど、次男は描いたことも消されたこともすぐに忘れて、その後は絵を描くとき、申告して紙をもらうか自由帳に描きました。

そもそも、床の上に描いたのはその一度きり。

 

当時よく描いていたのは迷路。

かなり精巧なものでしたよ。私には絶対に描けないものでした。

 

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そして、またまたそんなある日、今度は長男がクレヨンを取り出して、突然ガラスのテーブルに絵を描き始めました。

 

一瞬止めようかとも思ったのですが、あまりにも鮮やかで、あまりにもキレイな配色で、まるで虹のように、何度もクレヨンを持ちかえてテーブルいっぱいに色を塗ったんです。

 

この時は旦那もいたので、旦那は自分の仕事部屋に飛んでいき、ビデオを持ってきて録画を始めました。

 

描ききった長男は、本当に満足げ。

わ〜! すごい!! 

と褒められて、満面の笑み。

 

透明なガラス面のキャンパスいっぱいに、隙間なく塗られた色。

本当にきれいでした。

 

けれど、次男は怒られて、兄も描いたのはテーブルなのに怒られず、OKとNGの境が難しい! と後々悩める母でもありました。

 

ただ、大人になっても絵が好きな長男と次男。

絵に対する「好き」だけは潰さなくて良かったな……ということが、あの時の私の思いに対しての救いでもあります。

 

ちなみにテーブルの虹はビデオに収め、これまた兄弟達が寝静まってから2時間かけて拭き取りました。

 

緑の顔もきれいな虹も消えたけど、今もその絵は私の記憶に鮮明です。

 

そういえば、次男が小学校に上がってチョークを買ってあげました。

そのチョークで、家の前の道路いっぱいに友達と絵を描いて遊んでいました。

 

みんな、とっても楽しそうだったな。

もちろん描いた後は、水をかけて消すんですけど。

 

子どもは大きくなるに連れて、理論や「上手い絵、下手な絵」という認識が生まれることで、だんだん絵から離れていってしまうような気がします。

 

でも、あのチョークで絵を描く時の子供達の笑顔を思い出してみると、本当はもともと、どの子も絵を描くことは好きなのかも知れません。

 

父息子のめんどくさいやりとり

次男から、こんなLINEが来ました。

で、その後の父息子のやり取りは、毎度ながらこんな風。

 

父、めんどくさい。

 

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値段の高いコンタクトやお米の購入は、バイトしながらの学生には少々ハードルが高いようで、数回自分で購入して、いよいよ先立つものがなくなるとこちらにSOSが来るわけです。

 

毎度こんな感じで父親から返事が来るので、慣れてはいるのだろうけれども、それでも私個人のLINEに

「やっぱダメな感じかな???」

と次男から不安いっぱいのLINEが来たりするわけでして。

 

旦那は必ずSOSには答えて次男の要求を呑むのだけれど、それでもこりゃ〜やっぱり不安になるわね……それで、私は旦那にこう言うわけです。

 

「自分も“分るように言ってくれればいいのに〜”って、いつも言うやん。」

「買ってあげるかどうか答えないと、また次男はうろたえるよ!」

 

まぁ、そう言いながらも、この二人のやり取りは好きだし、楽しいもんです。

 

ちなみに長男なら、知能が測定不能と言われていて、そもそもこういうやり取りの理解は出来ません。

でも、もし高機能自閉症と言われるような知能に問題がない場合でも、このやり取りは理解には苦しむだろうと思います。

 

自閉症の場合、きちんと、はっきりと、解る言葉で伝えなければならないので。

言葉や行動の中に隠れている意味を探すことは苦手なんです。

 

さて、この結末はというと

 

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結局、旦那のを持って次男の希望通りに解決をしました。

それにしても本当に毎回こんな感じ。

私が真ん中に入って旦那に解答をするように要求して、それで解決をみるという・・・。

 

ほんと、めんどくさい。

 

そして、次男の「ありがとう〜」スタンプに答えて旦那が最後に送ったスタンプが

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もう意味がわからん。

 

ただ、こんな感じの我が家のLINEに、いつまで次男は付き合ってくれるのでしょう。

まだ学生の間はSOSが送られてくるだろうけれど、次男が独立して親の支援が必要なくなったら、このやりとりはなくなるのかも知れない。

 

そう思うと、このくだらないやり取りも、ちょっと愛おしくなったりする母です。

リモコン破壊に見る、長男の我が家でなければならない理由

今回も台風は、あちこちで大変でしたね。

被害に遭われた方、生活に支障が出た方、心よりお見舞い申し上げます。

 

今は携帯ひとつで確認も出来る時代なので、全国に散らばった友人達も、無事に過ごしているとかでホッとしました。

ともあれ無事で元気だったのが嬉しかったです。

 

さて、そんな台風の中、我が家の長男はエアコンのリモコンに呼ばれたようです。

突然リモコンを手に取って、1秒も掛からずにバキバキッと・・・。

 

やられました(汗)

リモコン、ガン見して愛でていることが多いのですが、よく中を見たいのか可愛さ余るのか、こちらがちょっと気を抜いていると、愛しのリモコンのはずなのに一瞬で姿を変えられてしまっている。

f:id:hisakokk:20181001143334j:plainいや、これどぉすんだよ……

 

一瞬で壊して、一瞬で中を確認して、一瞬で私の表情も確認する・・・。

私の怒ってますよ〜の表情は、こんな時はいつものことなので(もちろん“いかん”ことは“いかん”と伝えます)長男は“やばいなぁ〜”という表情から“困った時の笑顔”にシフトするわけです。

 

そして「あ〜、あ〜」と、一応の謝罪の言葉を述べると、更に中身確認してもいいっすかぁ〜的な行動に移る・・・これもいつものこと。

それを阻止しつつ、旦那が仕事から帰ってくるのを待つ私。

 

その間、私はリモコン単品で1万円以上、もしかしてもっとするかも・・・とヒヤヒヤしながら検索したのだけれど、8千円程度とわかって少しホッとしたりしました。

 

いや、そもそも必要のないお金だったのに、長男の興味から来る一瞬の勉強代になったのかと、いたたた・・・という気持ちは否めなかったけれど。

 

そうこうしているうちに、旦那すっ飛んで帰ってきました。

リモコンを手に持ち

「あーっ! コレ壊した人っ!?」

 

長男、小さく手を挙げて、小さい声で

「あっ!(ボクです)」

 

それに吹き出しそうなのを我慢して、父と母は、大事だと伝えた物は壊さない!

と伝えて、多分またいつか破られるであろう約束をしました。

 

長い時間怒っても、本人自信、なぜ怒られているのかだんだん解らなくなるので、ことが起きる度にこちらも変わらず、同じ言葉で伝え続けます。

それが長い時間掛かって自立したトイレや身支度と同じように、いつの日か理解してくれるようにと願いながら。

 

ちなみに、小さく手を挙げて「あっ!」と言う姿を、旦那は毎回「カワイイ!」と長男のいない所で言います。

カワイイけれど、息子ももう26才ですぜ、だんな!(笑)

 

さて、破壊されたリモコンですが、旦那はだまって手に取ると、それを組み立て始めました。

私も努力したけど、ダメだったんですが?

 

けれど、旦那は黙々と作業を始め、長男も興味津々。

曲がっているふた部分をドライヤーで伸ばし始め、数分後にはあら不思議!

リモコンは数時間前と変わらぬ姿に!

 

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私、歓声を上げる。

長男、目がキラキラ! そして再び手に取ろうとする長男に

「いやいやいや・・・!」

と取り上げる父と母。

 

さて、今後のリモコンを守り抜くために、スイッチON、OFFのあとは鍵のある別部屋に保管することに。

ひと手間もふた手間もかかることが多い我が家ながら、慣れれば不便は感じないもんです。

 

そう言えば、長男の破壊行動の後、プロでも修理不能だったり、大物でない限りは旦那がほぼほぼ修理してきました。

車のワイパーを曲げることがマイブームでディーラーに通っていた時も、結局はそれ用の工具を買って旦那が修理するようになったし、言ってたらきりがないほど。

 

興味があって壊してしまったら、それを修理してしまう人が我が家にはいる。

そんな場面を見る度に、長男が宇宙からやってくる時に、生きていく場所を選ぶ時の条件から、我が家はしっくり来たのではないか・・・。

 

そんなことを思いながら、長男の笑顔を眺める母であります。

 

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あ、それにしても、ドライヤーの威力が少々小さかったらしくて、カバーが真っ直ぐにはならなかったとか。

ちょっと力を入れながらボタンを押さないといかんねぇ・・・。

この曲がった部分を見る度に、この話題は我が家で消えることもないなぁ(笑)

 

ちなみにドライヤーを守り抜いたお話し

 

hisakokk.hatenablog.com

 

ワイパー破壊のお話

 

hisakokk.hatenablog.com

 

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かしこ。